2012年09月11日

第45回:9.11は自作自演(戦争することに国民を納得させるのは簡単です)

『ルールを作り、人間達を管理する側の立場の人が、人間を管理する際に1番大変なのは、
 ※人間達を管理する側の立場の人とは・・
 ・会社の上役(社内のルールを作り、社員を管理する)
 ・政治家(国家のルールを作り、国民を管理する)
 ・学校の先生(校内のルールを作り、生徒を管理する)
  などの人。

「人間達の感情を納得させること」ですよね。
 人間は感情の生き物なので、感情的に納得できない決め事をされると、感情的になり、反発してきます。

「こんな社内規則、認められない!」「増税反対!」「自転車のヘルメットはかぶりたくない!」のようにです。

 ですので、戦争に参戦するのも、簡単なものではないのです。
 国民が、感情的に「戦争は反対だ!」という状態になると、無理やり参戦することが出来ないからです。
 ですから、国家のトップクラスの政治家や官僚は考えます。
「どうやったら、国民が戦争に参戦することに納得するだろうか?」と・・。
ロックフェラー.jpg
 日本の一般人の私達には理解できませんが、
 アメリカの国家のトップクラスに上りつめるような方というのは、
 私達とは受けてきた教育や、信念や考え方が少し違う場合も多いようです。
 ですので「戦争」に対する価値観も、私達とは違う場合もあるのかもしれません。
 私達はすぐに、「戦争反対!」となりますが、
 彼らはそうではないのかもしれません。

 アメリカは軍需産業が大きな国です。
 アメリカ国内では、多くの人達が軍関連の施設で働いています。
 軍関連の施設や企業が、多くの雇用を生み出しています。
 そして戦闘機やミサイル等の、軍関連のモノ作り大国であり、輸出国です。
 だから日本も、税金の中から大金を支払って、
 アメリカの企業が作る戦闘機やらミサイルを購入しています。
 つまり、戦争が始まれば、アメリカは国として経済的に潤うのです。
 兵器が売れるため、軍事企業にはお金が入り、忙しくなるためアメリカ国民の雇用も増え、良いことだらけです。
 道徳的な「良し悪し」を抜きにすると、戦争をすることで、メリットがある人達がいるのです。

 その際、今まで使われてきた方法は「先に相手に攻撃させる方法」です。
 先に相手から攻撃されると、国民も「やり返せ!」となりますから、世論を戦争にもっていきやすいのです。
 ですので、第一次世界大戦の際は、アメリカは参戦の世論を作り出すために、
 アメリカ人の乗っていた「ルシタニア号」を、わざとドイツに攻撃させた・・とも言われています。
 詳細は「ルシタニア号」で検索されて下さい。

 また、第二次世界大戦の際は、アメリカは参戦の世論を作り出すために、
 日本の奇襲に気づいていながら、わざと真珠湾を攻撃させた・・と言われています。
 詳細は「真珠湾攻撃 真実」で検索されて下さい。

 このように、今までもアメリカは、世論を戦争に導くために、先制攻撃をさせておいて、
 まずは被害を受け、その後に本格的な戦争に移る作戦を仕掛けてきたのかもしれません。
 そして、これは9.11事件をきっかけに始まったイラク戦争のときも同じなのかもしれません。
 アメリカのトップの偉い人達は9.11事件をきっかけに、世論を戦争にもっていき、
 イラク戦争を仕掛け、石油利権を取りにいったのかもしれません。
 石油利権は儲かりますからね。イラクは世界第3位の石油埋蔵量を誇っています。

 自分の価値観や、自分の常識、自分の道徳心などから考えますと
「そんなハズがない。ありえない!」となりますが、自分とは、価値観や考え方が、
 根本から違う人たちも、いるのかもしれません。』
(名無き仙人の綴る物語>世界の事実>9.11は自作自演より抜粋)


『やぶっちコメント』
 本日は9/11です。

 自分はもちろん戦争反対者です。
 そして平和な時代が一日でも長く続いてくれることを願っています。

 この記事を読んでから、改めて戦争の恐ろしさを感じました。
 物事の本質をみるには事実だけでなく真実を知る必要があることを改めて思いました。
 ※群盲象を撫でていてはダメだ!!と思いました。

 そして、恨みや憎しみをもつ相手や国がいた場合に、安易に攻撃的な感情になるのではなく、
 本当の敵(ケンカを仕掛けている人)が他にいるのではないと、
 一歩下がって冷静に考える思考が必要だと考えます。
 今、日本経済(10年以上の景気低迷)、世界情勢(ユーロ危機等)もすごく不安定です。
 いつ日本でも戦争肯定派が現れ、国民全体が戦争肯定の方向に向かってもおかしくないと思っています。
 そんなとき、一人でも多くの人が一歩下がって冷静に考えて、正しい判断をしてもらいたいと思います。
posted by やぶっち at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

第28回:資本主義社会の中で働くとは

『資本主義社会では、
私たち労働者は資本家に雇われて働き、
賃金を受け取り、その賃金で自分たちに必要な生活手段を手に入れて暮らしています。
この場合、
労働者は資本家に労働を売ってその対価として賃金を受け取っているようにみえます。
たとえば、わが国で賃金についての「公的な定義」を与えている労働基準法でも
「賃金とは、給料、俸給、その他名称のいかんに、関わらず、労働に対する対価をいう」と言っています。
私たちの受け取っている月給は、
何日間働いたから報酬はいくらだといって支払われていますし、
能率給や歩合給の場合は、
何個作ったからとかいくら働いたからという形で支払われます。
この限りでは、賃金はまさに労働の対価だといえるようです。
しかし、労働者は労働を自分のものとして売っているのではありません。
労働者は、労働することのできる能力=労働力は持っていますが、
その労働力を生産手段
(物質的財貨を作り出すための、土地、生産用の建物、機械、装置、道具、原料、補助材料などのこと)
と結合しなければ、労働できないのです。
疲れたサラリーマン2.jpg
労働者が資本家に売っているのは、
じつは、労働ではなくて労働力です。
資本主義社会では、
労働力(人間の身体に備わっていて、
富を生産する際に頭を使い身体を使って仕事をする力)が、
商品として売買されます。
賃金とは、
この労働力という独特の商品の価格につけられている呼び名のことです。


話を具体的にするために、
どこにでもいる青年労働者A君に登場してもらいましょう。
いまA君は××電機株式会社で働いています。
学校で学んだ電気技術の知識を生かして仕事をし、収入を得ています。
A君はたしかに「労働力」を身につけています。
しかし、彼が仕事をするためには、今の××電機株式会社か、
もしくは他の会社に雇われなければなりません。
なぜかといえば、
A君は、その取得した電気関係の技術を生かして働くために不可欠な生産手段を所有していないからです。
それをもっているのは、
会社(正確にいえば、この会社に資本を投下し、会社を経営している資本家)です。
そこでA君は、会社(つまり資本家)に雇われるというかたちをとらない限り、
自分が身につけている労働力を発揮させようがないのです。
労働力を発揮することができなければ、つまり働くことができなければ、A君は食べていけません。
そこで、××電気株式会社にしろ○○電機株式会社にしろ、ともかく自分の労働力を発揮するために
不可欠な生産手段を所有している資本家と関係を結ぶほかないのです。
こうしてA君は、自分の労働力を資本家に時間決めで売って雇われるほかないということになるのです。
A君のような状態におかれているは、もちろんA君だけではありません。
ここに、資本主義的な生産関係の本質があります。
つまり、一方では、労働力のにない手である労働者が一切の生産手段から切り離されており、
他方では、主要な生産手段は、非生産者ではる資本家によって所有されているのです。
生産手段のこうした所有関係こそ、資本主義的生産関係の決定的な特徴をなしているのです。

近代の資本主義社会では、さきにも見たように、
主要な生産手段を非生産者である資本家が所有し、
直接的生産者である労働者は、いっさいの生産手段から切り離されています。
労働者は奴隷や農奴とは違って人格的には自由です。
したがって資本家と労働者との関係は、
自由平等な人格間の契約関係というかたちをとります。
労働者が資本家にその労働力を売って雇われるのも、
労働者の自由意志にもとづく行為というわけです。
ところが、形式的には一応そのとおりですけれども、
形式的、法的には「自由」な人格である労働者は、
同時に一切の生産手段からも「自由」にされている、つまりそれを持っていないのです。
したがって、
労働者が「自由意志」にもとづいてその労働力を売ることを拒むなら、
その労働者は死ぬしかないのです。
いいではないか自由意志で死ぬのだから、
というのが資本主義的な「自由」の正体です。

奴隷を縛った鉄の鎖に変わって、
飢えの恐怖という見えない鎖が労働者をしばり、
生きるためには搾取されねばならないという状態に労働者をつなぐのです。
奴隷にふるわれた革のムチに変わって、
飢えのムチが労働者をかりたて、資本への隷属を余儀なくさせます。
なぜかというと、生産手段の所有関係における決定的な不平等が基礎にあるからで、
これが、資本主義的な「平等」の正体なのです。』

(新・働くものの学習基礎講座1 哲学、新・働くものの学習基礎講座2 経済学より、一部加筆修正)
哲学 (新・働くものの学習基礎講座) [単行本] / 労働者教育協会, WEA= (編集); ...
経済学 (新・働くものの学習基礎講座) [単行本] / 労働者教育協会, WEA= (編集);...

『やぶっちコメント』
自分も労働者ですが、この話を聞いてしまったら、将来に夢も希望ないのではと思ってしまいました。
しかし、同じ本の中で未来対して、希望を捨ててはいけないし、
このような状況が永遠に続かないことがはっきりしていると書かれていましたので
紹介させて頂きます。

《社会の生産能力の発展が、生産手段の私的所有にもとづく生産関係を時代遅れのものとしていき、
 生産手段共有の所有関係にとって変わらざるをえないというのが歴史の必然です。
 その必然性が実現したとき、働く人々が文字通り社会の主人公となり、
 各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件となるような、高度な共同社会が現れるでしょう。》

資本主義社会の経済学の基本的なことについて書いてみました。
自分が株式投資をしている理由の一つに
会社が持つ生産手段を株とし部分的に所有できることを知っているからです。
本当は上記のような、労働者が主役になれる次の社会(原始共産主義→封建社会→資本主義社会→次の社会)に向けて努力することなのかもしれませんが、
労働者が株(生産手段)を持つことでを持つことで同じような社会になるのではとも思っています。

働く人々2.jpg



【補足】
 話は変わりますが、年金問題を解決するために、
 今の生活を買えなくてもできる株式投資のやり方を説明したブログを書いてみました。

 合言葉は一つ”投資は好奇心!!”

 興味のある方は、是非読んでみてください(=^・^=)

 ブログはこちらから
 長期投資家やぶっちの投資入門


posted by やぶっち at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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