2012年06月30日

第42回:緊急性と重要性を区別する

『緊急なことはめったに重要ではなく、
 重要なことはめったに緊急ではない。

 緊急性と重要性を区別する能力は、事業の発展と人生の成功に欠かせない。
 緊急性と重要性を区別できなければ、無駄の多い人生を送ることになる。

 毎日、さまざまな出来事が発生する。
 その中には緊急なこともあるし、重要なこともある。
 両方である場合もあるし、どちらにも該当しないものもある。
 ここで注意すべきなのは、緊急なことはめったに重要ではなく、
 重要なことはめったに緊急ではないということだ。
 しかし残念ながら、ほとんどの人は、
 緊急なことがすべて重要であるかのように思い込んで奔走する。
 緊急性と重要性の区別を具体的に説明しよう。

 ●会議に間に合うよう必死で車を運転することは緊急だ。無事に到着することは重要だ。
 ●明日までに仕事を終えることは緊急だ。質の高い仕事をすることは重要だ。
 ●事業を軌道に乗せるために長時間労働をすることは緊急だ。
  運動をし、正しい食生活をし、十分な休養をとるために時間を割くことは重要だ。
 ●クロージングは緊急だ。顧客満足度とリピート客をもとに事業を構築することは重要だ。
 ●かっこいい新車や高価なドレスを買うことは緊急だ。
  経済的成功を収めるために節約と投資をすることは重要だ。

 緊急なことに奔走してばかりいると、人生はうまくいかない。
 多くの人が、一生懸命に働いているのにますます貧しくなり、
 いつも時間が足りないと感じている原因の一つはここにある。
 人々は緊急なことに時間を奪われ、重要なことをなおざりにしている。
 重要なことをなおざりにすると、どういうことになるかは容易に想像できるはずだ。
 遅かれ早かれ、それは緊急かつ重要になり、危機と呼ばれるようになる。
 たとえば、お金の危機、健康の危機、事業の危機、家族の危機がそうだ。
 緊急なことではなく重要なことに時間を使えば、そういう危険はさけることができる。
 あなたにできる最も重要な選択の一つには、何が重要かを決定することだ。
 その上で重要な結果を出すことに時間を使うといい。』
(自宅にいながら金持ちになる方法 P148より、一部加筆修正)
自宅にいながらお金持ちになる方法 [単行本] / マイケル ルボーフ (著); Michael LeBoeuf (原著); 弓場 隆 (翻訳); ダイヤモンド社 (刊)

『やぶっちコメント』
タイムマネージメントで一番有名な著書「七つの習慣」や時間管理のセミナーで必ず出ってくる
重要性と緊急性の優先順位のつけ方について、わかりやすく説明している文章だなって思い書きました。
自分も頭では分かっているのですが、なかなか重要ことより緊急なことばかりやってしまっています。

posted by やぶっち at 10:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月10日

第41回:唯物論と観念論

マルクス.jpg『こういうええ加減な世の中になってくると、人間には哲学が大切になってくる。
 哲学とは、もうこれ以上のことは考えられないというギリギリ最後の問題まで、
 必死になって考え、追求する学問である。

 人間にとって”ギリギリ最後の問題”とはなんだろうか?
 それは唯物論か、観念論かという問題である。

 唯物論と観念論は、根本的に対立する哲学上の二つの立場で、
 唯物論こそ科学の原則的な観点にほかならず、
 観念論は宗教につながるものである。

 複雑怪奇な現代社会を生きる人間は、どちらの立場をとるのか、
 はっきりさせる必要があるように思う。

 唯物論か観念論か。

 これは人間の最後の最後のギリギリの問題であると同時に、
 大げさではなく、人間の生き方のすべてを決定する第一義的なスタート地点でもある。
 どちらの立場をとるかによって、その人の人生はまるで変ってくる。
デカルト.jpg
 観念論の立場は、デカルトが提出した命題に要約されている。
 「我思う、ゆえに、我在り」
 デカルトは、自分が「思う」からこそ、自分が「在る」と断言している。
 つまり、「思う」ことが人間の根源であるとする哲学である。
 この立場をとるなら、「思う」ものは「在る」ものである。
 人間は神を「思う」。「思う」からこそ、神は「在る」ということになる。

 唯物論の立場は、これとはまったくの逆の正反対だ。
 「我在り、ゆえに、我思うなり」
 と逆転する。
 唯物論では、人間は「在る」からこそ「思う」のである。

 神を否定している僕は、もちろん唯物論者である。
 あなたは、どちらの立場を取るだろうか?

 もう少し、「在る」と「思う」について考えてみたい。
 例えば、この世の中はどうだろうか?
 もし、この社会が、あなたが「思う」から「在る」のだとすれば、あなたの死後、
 社会は存在しないことになる。
 けれど、あなたが死んでも、間違えなく、この社会は存在している。
 あなたの死で、社会が終わるわけではない。
 終わるのは、あなたが社会を「思う」ことだけだ。
 たしかにあなたが死ねば、あなたにとっての社会はなくなったのと同じだが、
 それは社会がなくなったことではない。
 人間は、しばしば、「在る」ことと「思う」ことを混同してしまう。

「神さまはいます。絶対に存在します」という人でも、問いつめてみると、
「神さまに会ったことがある」という人はいない。
 つまり、神さまは「在ると思う」と思っているだけなのだ。「在ると思う」を縮めて
「在る」と言っているだけのことなのだ。
 なかには「神の姿を見た」と言う人もいるが、それは幻覚の中での話である。
 やはり「見たと思う」だけのことである。
 これでは、神の存在を理論的に証明したことにはならない。
「神さまは心の中にいる」というのなら、何も言いません。
 それはまさに「思う」ことであって、神の存在を証明したことにはまるでならない。

 僕が知っている新聞社の記者は、なんと唯物論を知らなかった。
 やっぱり唯物論を知っとかんといかん。知らんと、どうしてもまずい文章になってしまうんやね。
 文章の基準点をどこに置くかと言うたら、科学を基に置かないとアカンのよ。
 それを基に文章を書かないとダメなんですわ。
 唯物論を知らん新聞記者は、真理を伝えるためのそこが欠落してるわけや。
 いくら賢くても、唯物論を知らないばかりに常識が判断できないわけです。
 だから「おそらく天国でも小渕さんは幸せにしてるでしょう、今、沖縄サミットを喜んでおられるでしょう」
 といった文章を書いてしまう。どうしてもそういう書き方をしてしまうわけや。』
(ゼニの人間学より、一部加筆修正)

 ゼニの人間学 (ロング新書) [新書] / 青木 雄二 (著); ロングセラーズ (刊)

『やぶっちコメント』
 自分は、投資をする企業を調査するときは、唯物論の思想で考えるようにしています。
 特に経営者の発言、コメントが実現可能なことを言っているか、
 財務諸表(貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書など)
 を読むときは必ず科学的な根拠があるかを気にしながら読むことにしています。
 それによって、投資のリスクを少しでも抑えるようにしています。

 また、昔読んだ別の本の中で、唯物論と観念論についての考え方で、
「なるほど」と思った内容を紹介したいと思います。

 ≪不滅の精神について≫
 「観念論は、精神、霊魂の不滅をいいますが、唯物論は物質の不滅性を主張します。
  しかし、だからと言って唯物論者は精神の不滅性を否定しているわけではありません。
  死んだ人の思想、考え、希望(こうした他人の意識は書籍、ノート、声というような物質を媒介として)
  は生きている人の脳の働きである生きた精神の中で生き続けます。
  生きている人間が先人たちの思想、希望、理念を引き継ぐ限り、先人たちの魂は不滅と言えます。
  死者も生者の記憶の中で生き続けます。
  マルクスもまた、私たち、更にあとに続く世代の人の中に生き続けます。」
 

 自分のブログやインターネット上に書いたコメントなども自分が死んだあとも残ることを意識して書いています。
 また、少しでも自分のブログが未来の人たちの役に立てたらいいな〜という思いもあってこのブログを書いています。

posted by やぶっち at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生訓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月19日

第40回:情熱を持てるものを見つける

パブロ・カザルス.jpg『安楽で贅沢な暮らしをするのが目的ではない。
 自分が情熱を持って取り組める仕事が必要なのだ。

 重要で自分がのめりこめると直感する仕事を見つけることから始めよう。
 見つけたら、その仕事を熟達するよう毎日努力することが大切だ。
 そうすれば、その仕事で裕福になれるかどうかはわからないが、
 楽しい人生を送ることができる。
 スペイン生まれの偉大なチェロ奏者パブロ・カザルスは、
 九十五歳になったとき、若い記者からこんな質問を受けた。
「あなたはもうご高齢で、しかもすでに史上最高のチェロ奏者です。
 それなのになぜ、「一日に六時間も練習されるのすか?」
 カザルスは、「自分がまだ上達していると思うからだよ」と答えた。
 これこそ、自分が情熱に駆り立てられている人の生き方だ。
 彼にとって、チェロ奏者として上達することは重要で自分がのめりこむことができる仕事であり、
 一日に六時間も練習し続ける原動力になっていたのだ。
 あなたは何に情熱をもっているか?
 安楽で贅沢な暮らしをすることはすばらしい。
 しかし、私たちに最も必要なのは、
 自分が情熱を持って取り組めて感動できる仕事なのである。』
 (自宅にいながら金持ちになる方法 P62より、一部加筆修正)
自宅にいながらお金持ちになる方法 [単行本] / マイケル ルボーフ (著); Michael LeBoeuf (原著); 弓場 隆 (翻訳); ダイヤモンド社 (刊)

『やぶっちコメント』
自分は投資にすごく興味がり、企業調査や投資戦略、投資手法などを創造的に考えたりするのがすごく好きです。
例えるなら、トランプゲームをやっているのと同じ感覚で次はどんなカードがでるか、
どんな手でいくか考えるのと同じ感覚でいつもワクワクできます。
好奇心が自分を動かします。

そして投資活動は頭がボケない限り、定年はなく、いくら歳をとっても続けれることを知っています。
あなたも死ぬまで続けたいと思えること、一生情熱を持ってやり続けたいと思えることを探してみてください。
自分で探さなければみつかりませんが、見つけることができればきっとより良い人生になると思います。
posted by やぶっち at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生訓 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

第39回:投資家は何に焦点を合わせるべきか

『金持ち父さんはまた黄色いレポート用紙を手元に引き寄せ、
 中流の人と金持ちが重要だと思っていることを比較し始めた。
 そして、中流の人のところに書かれた「貯蓄」という言葉を指してこう言った。
「お金を貯めるのにどれくらいのファイナンシャル・インテリジェンス(お金に対する知性)が必要だろう?」
「わかりません。これまでそんなふうに考えたことがありませんから」
「じゃ、私の意見を言うけれど、お金を貯めるにはファイナンシャル・インテリジェンスはまったくいらない。
 やろうと思えば、サルを訓練してお金を貯めさせることだってできる」金持ち父さんはくすくすと笑った。
「実際には、お金を貯めているから自分はすごく頭がいいと思っている人がたくさんいるけどね。
 お金を貯めたいと思ったら、ただ銀行の預金カウンターの前に歩い行きさえすればいい。
 もしきみが本当に何もできなければ、預金係がきみの代わり入金票に記入してくれる。サル.jpg
 難しいことは何もない。お金を貯めるのは賢い方法ではあるかもしれないが、
 ファイナンシャル・インテリジェンスは大して必要ない」
「サルを訓練してお金を貯めさせることができるというのは本当ですか?」
「ああ、やろうと思えば必ずできる」金持ち父さんはにこりとした。
「いいかい、私がここで言いたいのは、たいていの人が持っている
 ファイナンシャル・インテリジェンスの量がどんなに少ないかだよ」

 金持ち父さんはこうも言っていた。
「投資信託を運用するファンドマネージャーにお金を託し、
 その人がうまくやってくれるように祈るだけでは、
 ファイナンシャル・インテリジェンスは身につかない。
 そういうやり方で投資をしていたのでは、ファイナンシャル・インテリジェンスは伸びない。
 前にも言ったように、多くの人が投資はしていても、投資家になれないでいるのもそれだからだ」

「賢い投資家はより賢い投資家になることに焦点を合わせているということだ。
 平均的な投資家はお金を儲けることだけに焦点を合わせている。
 お金に焦点を合わせてはだめだ。より良い投資家になるために学ぶことに焦点を合わせるんだ
「つまり、投資信託に長期に投資するだけでは、小切手を切って封筒に入れ、
 切手を貼ってポストに入れるだけでは、投資について大して学べないということですね」
「私が言っているのはまさにそれだよ。君は投資家になるための勉強はしていない。
 貯蓄家、切手貼り屋になることを学んだいるんだ」

「何かに投資する時は、まずそれを理解するために時間を投資しろ」
 ファイナンシャル・インテリジェンスはここから、つまり現実の世界で時間を投資することから生まれる。』
(金持ち父さんシリーズより、一部加筆修正)
金持ち父さんの予言 [単行本] / ロバート・キヨサキ, シャロン・レクター, 白根 美保子 (著); 筑摩書房 (刊)金持ち父さんのパワー投資術 お金を加速させて金持ちになる [単行本(ソフトカバー)] / ロバート・キヨサキ, シャロン・レクター (著); 白根 美保子 (翻訳); 筑摩書房 (刊)

『やぶっちコメント』
昔は自分も、貯蓄しかしていませんでした。
しかし、若い頃にたまたま金持ち父さんシリーズを読むチャンスがあり、
貯蓄しているだけでは金持ちになれないことに気付くことができました。
今は、ファイナンシャル・インテリジェンスを伸ばすことに焦点を合わせて自分を教育しています。
posted by やぶっち at 19:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 投資・ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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